伊藤伸平合衆国滞在始末
Part 2

シアトル編


9月29日 水曜日

 朝、シャワーでも浴びるベえと思いながら、ぼおけぇーっとタバコをふかしてると、一本木蛮(漫画家)、夫の“籔さん”こと籔中博章(格闘ライター・ミュージシャン)、それに、おだぎみを(漫画家)が紀子さんに連れられてやって来た。今日から彼らと合流し、フリッチュル家へ厄介になるのだ。
やつらは下のスターバックスでいったん待機し、その間俺はシャワーを使い、荷物をまとめる。チェックアウトを終えて3日間寝泊まりした快適なモテルをあとにする。
紀子さん家はクルマで5分くらいの所にあるアパートメントで、お客用のベッドルームがある綺麗な部屋だ。旦那さんのスコットは仕事で出ていたが、お留守番がいた。パピヨン犬のアンジーである。見知らぬやからが突如4人も押しかけたものだから、完全に怯え切ってケインケイン吠えておる。パニくったアンジーを我々に託し、会社へ戻る紀子さん。
荷ほどきを始める我々を見てワケのわからないアンジーはオロオロしている。アフレコを試みる。

「なにっっ?!だれっっ?!」

 好奇心は押さえられずこちらの様子をうかがいにくるものの、目があうとスッタカターっと逃げて行く。
かっ可愛いっっ。
荷ほどきを終えた一行は旅の疲れからか三々五々仮眠モードへ。誰も俺と遊んでくれない。
アンジーとふたりっきりになってしまった。ふふふ・・・。ほくそ笑む俺。

「アンジぃー。。アぁーンジ〜〜。。」

 アンジーに遊んでもらおうとにじり寄る。すっ飛んで行ってしまった。
つまらん。コンベンションのマスカレードを撮ろうと用意していた望遠レンズを引っぱりだし、寝室の一番奥でプルプル震えているアンジーを撮る。ついでに客用の寝室で頭を入口に向けて寝ている一本木蛮夫妻の頭頂部を撮る。ソファで口をあけて眠りこけているおだぎみをの寝顔も撮る。
誰も起きない。つまんない、つまんないよう。
紀子さんが置いてってくれた合鍵を持ち出し、探検しそこねたモールへ出かけることにする。歩いて行くと15分くらいかかった。敷地に着いてから駐車場を抜けるまでがまた遠い。一部改装中のモールでペットショップを見つける。
爬虫類はいないようだ。売り物の金魚が大量に死んでいるのが大雑把なカンジでいい。もちろん死んだヤツをはるかにこえる数の生きた金魚がいる。シアトル市民全員の致死量の3倍はいる。ついでにカメラ屋でフィルムを買う。レジの前に並んでいると、知らん婆さんが話しかけてくる。

「ポラロイドカメラはどれがいいかねえ。」

「いや、ここにはないようですね。向こうのショウ・ケースじゃないですか?」

「そう。でもどのポラロイドカメラがいいのかしら。」

 日本人はみんなカメラに詳しいと思ってやがる。仮にカメラに詳しくたって英語に詳しくないのだ。だいいちポラロイドはアメリカのメーカーだ。婆さんにこにこして困っている。ふたりして困っていると店員が婆さんをポラロイドカメラののショウ・ケースのほうに連れてって選ぶのを手伝いはじめた。ふう。

 広いモールをざっと見てまわった頃には陽も傾き、そろそろみんなが起き出して俺がいないと心配しているやも知れぬと家路を急ぐ。
はたしてヤツらは起きていたが心配してくれてはいなかった。もぉ大っきいんだしね。カナダ国境に近いシアトルは、思いのほか冷え込むようで、体温なしオンナのおだぎみをは上着がほしいようだ。教会のやってるセカンドハンド・ショップが近所にあるということなので4人で出かける。
上着を買ったあと、更に先ほどのモールへ買い出しに行くと言う。またですか。15分歩く。敷地に入ってからがまた遠い。先住民からタダで取り上げたもんだから土地の使い方がゼイタクだったらありゃしねえ。ナンか疲れて攻撃的な気分になるが表面上は極めてひとあたりのいいさわやか好青年、それは俺。

 以前に見つけたGMCの直営店を冷やかす。比較的お高めの価格設定だが、直営店だけあって品ぞろえは豊富だ。先ほど目を付けておいた、金魚大量死のペットショップものぞく。小型犬用のスティック状のおやつを買う。コレでアンジー。を篭絡しようという人間サマの浅知恵だってダレが浅知恵かっ。

 アジア方面の食い物にうるさい籔さんは、モール内のヴェトナム料理屋をチェック。しかし彼とその妻の一番のお気に入りは、日本での地元のラーメン屋「むつみ屋」のラーメンなのであった。以後このふたりは“ラーメン夫妻”の名で知られることとなる。今、決定。慌ただしくチェックを終了して帰る。明日の朝飯もここのどっかの食い物屋で食べることに決定。

 紀子さんらの帰りを待つあいだ、ぼおけぇーっと過ごす。紀子さんの家では室内は禁煙。おだぎみををのぞく全員が、ベランダでホタルと化す。籔さんは居間に置いてあるクラシックなピアノを弾きはじめる。なにか哀愁のただようバラード曲、と思ったら「おやじマン」だった。「おやじマン」は「快楽天」誌(ワニマガジン)に連載されていた加藤礼次朗(バカ)の漫画。連載当時、読者プレセント用に主題歌を礼次朗(バカ)が作詞作曲、それを実際の楽曲におこしたのが籔さんであった。
AV監督の中野貴雄氏がヴォーカルを、籔さん、礼次朗(バカ)、中野監督、そして俺がおめおめとコーラスを担当した怪傑作だが、ナンか、「イッパツマン」やん、とか、「デビルマン」じゃんとか、「ポーレシカポーレ」まで入ってて、どっかで聞いたような“微妙な”曲でもあった。そいつがアレンジひとつでこんな美しい曲になるのか、籔さんの腕前もあろうが、礼次朗(バカ)の隠れた才能を見たような見たくなかったようなヤぁ〜なカンジの中、美しくアレンジされてはいるもののどっかで聞いたような、微妙なメロディーがシアトルの夕空にこだまするのであった。

 紀子さんが戻りいっしょに夕食。仕事で遅いスコットも11時頃帰って来る。彼は事故で脊髄を傷めたとかで車椅子なのだが、彼が帰るやアンジーはその膝までぴょおんと飛び上がる。やはり愛のチカラは偉大だ。俺たちにはそんなコト絶対にしてはくれない。
いいなあいいなあ。
それにしても驚異的なジャンプ力だと思ったが、パピヨンというのがもともとジャンプ力に優れた種類なのだそうだ。スコットは明日も早いらしい。
ラーメン夫妻とおだぎみをは客用の寝室へ、俺はひとりさみしく居間のソファベッドで眠る。とは言ってもかなり巨大なベッドにトランスフォームするそいつを一人で占拠できてむしろラッキーだったのかも。


寝室の奥でプルプル震えるアンジー。人間でいえば40歳前後、二度の出産を経験したとは思えぬジャンプ力にすっかり魅了されたが、ヤツは最後までなついてくれなかった。
しかしそこは所詮アレなワケで、エサにおびき寄せられまんまと捕獲される。
写真ではわからないだろうが、めちゃめちゃ身体をこわばらせて携帯の着信みたいに震えている。

[Pert 3]