伊藤伸平合衆国滞在始末
Part 4

シアトル編


 ひととおりみやげ物屋を見てまわり、売店でコーヒーを飲んでいると船の時間がせまる。乗り場に行くと間もなく乗船開始だ。港内を約1時間かけて巡るあいだ船長の観光案内があるのだが、さすがにほとんど理解できなかった。時おり蛮ちゃんが翻訳してくれる。
あそこのサビついた船はロシアの貨物船でおカネがなくて出航できないでいるうちにあんななっちゃったとか、むこうの宇宙船が先っぽに止まってるような塔は、かつて万博のとき記念に建てられたものだとか、こっちの灰色の軍艦みたいな船が入っているのは沿岸警備隊のドッグだとか。シアトルは雨の街として有名なのだが、この旅行中はほとんどこの日のような好天気に恵まれた。デッキで午後の海風にあたっているとのんびりした気分になってじつに気持ちがよろしい。ラーメン夫妻は階下の乗り口に近いあたりで海面を見つめながらイチャイチャし始めた。“体温なし”のおだぎみをは海風が冷たいのかガラス張りの船室から出てきやしない。そろそろおなかも減ってきた。船を降りたあとは、中華街で遅めの昼食をとる事にする。

 中華街への移動は路面電車の利用を試みる。しかし路線図と時刻表の見方がよくわからない。どうやら曜日や時間帯によって運行する範囲が変わる仕組みになっているらしい。日本の一部の鉄道にもある、合理的なようだがよそモノにはちょっと厳しいシステムだ。
シアトル観光は路面電車で。路線図とにらめっこしながら乗り換えたり間違えたりとたいへんだった。
外国のローカル線の路線図なんて読めねぇよっ。日によって運行の仕方変わるし。
路面電車内でイチャつくラーメン夫妻。
ナゼか旅行に行くと、俺はこのふたりの愛のメモリーを撮り続けているな。

まあなんとか目的の路線に乗り込むがかなり手前で終点になってしまった。通勤の時間帯でないので運広範囲が短いのだ。あとは歩く。
勝手知ったるラーメン夫妻について市内をうろつくうちに中華街に到着。ハイウェイの橋げたが赤いのがなんとも“中華”。食材屋などをひやかし中華料理屋へ。喫煙可なのがまた“中華”。今のアメリカでタバコの喫えるレストランは数少ないだろう。へヴィースモーカーのラーメン夫妻は感激だ。冷えたビールとけっこうイケる中華料理のあと、俺も食後の一服をいただく。
シアトル市内をうろつく。
ラーメン夫妻の仕切りで連れまわされハッキリ言ってココがどこなのかよくワカらんコトになっている俺。
中華街へ向かう。

 陽も傾きバスの乗り場までまた歩く。夕陽に照らされた街並はなんとも風情があってよろしい。この日は紀子さんのお誕生日なので夕食の支度は我々でお台所を借りてやらせてもらう事になっていた。我々と言っても仕切りは籔さん。ムエタイの選手としてタイに修行に行ってた頃仕込んだタイ料理を作ると言う。俺にはいまだにこのオトコの経歴がよくわからない。ゼッタイ人、コロしてる、しかも素手で、と思うのだが口を割らねえ。あるいはコロしていない、フツーのいい人なのかも知れないが、なに、人は見かけで判断しちゃならねえからな。
やつらが中華街で食材を買うあいだ、俺もついでに安物そうなジャスミン茶を買う。“モトモトヤマ”の焼き海苔というのを見つける。インチキっぽいカンジがたいへんよろしい。件のジャスミン茶は帰国後いただいたがたいへんおいしかった。掘り出し物っぽいところがまたけっこうである。

バス停にて。

 バスは再びハイウェイを通り郊外へ。御存じの方も多かろうがアメリカのハイウェイはタダ。しかも広い。渋滞ったってけっこうなスピードで流れてく。この時間帯は帰宅のラッシュアワーのはずだったがクルマの流れはスムーズなもんだ。日本のクルマ社会もこーゆーのがやりたかったんだろうになー、いかんせんアメリカみたく土地に元手がかからないってワケには行かなかったもんなー、あっソレであと先考えず中国に攻めてったりしたんだ、などとまた一部のカタガタにとっては不穏当な思想が頭ン中をよぎる。

本邦のアメリカコンプレックスは黒船にさかのぼると言ったのは岸田秀だっけか。以来アメリカみたいになろうとし続けて結局、週末ごとに片側二車線の高速道路に最終的には天下り官僚の懐に入る高ぁい高ぁい通行料金払った小型RV車が、人のひしめく低ぅい低ぅい天井のショッピング・モールをめざす国になっちゃったワケやね。夕陽に映えるワシントン湖の浮橋を渡っているあいだそんなモノ悲しい事をぼぉけぇーっと考えているとバスは間もなく目的の停留所へ。

 ここは最初に泊まったモテルのそばで、俺がお弁当を買ったショッピング・モールの脇になる。ここでさらに紀子さんのお誕生祝いに花とケーキを買い、歩いて帰ることに。蛮ちゃんの好きそうな爬虫類充実のペット・ショップもここにある。
ラーメン夫妻が食材を買っているあいだ俺とおだぎみをで花束をアレンジしてもらう。御予算少なめ見た目豪華というありがちだけどメンドっちい註文に店員のおねーちゃんはよく応えてくれ、花束を抱いた俺は店の外へ。と、ラーメン夫妻の姿が見えない。帰り道はわかるがまさかおいてけぼりはなかろうと、モールの一角にあるスターバックスでおだぎみをとコーヒーを飲みながら彼らの出現を待つ。ここは俺が身支度をしているあいだ他の3人+紀子さんが俺を待った所だが、俺は一度も入った事がなかったのだ。ラーメン夫妻は現れない。まともにいったらこの店の前が通り道になるはずだが、ヤツら、髪の色からしてまともじゃないからなー、籔さんは人、コロしてるし。駐車場にあった赤いスポーツ・カーが目にとまる。

図にのってポーズをキメる俺。このあとラーメン夫妻とはぐれてしまった。

白いジャケットに夜だというのにサン・グラス、しかも赤い花束を抱えた俺は、お疲れ気味のおだぎみをに記念写真の撮影を要求する。余裕ブっこいてるようだが俺もちょっと疲れてハイになっていたのかも知れん。いつまでたっても現れないラーメン夫妻にコレはいよいよおいてけぼりと思ったが、とりあえずペット・ショップものぞいてみる。トカゲやヘビ、イモリのコーナーと向き合わせにコオロギのケースがあって、明らかに喰うものと喰われるものが常日頃顔を向き合わせて暮らしている様子。「アガマ」という20cmぐらいの頭のでかいトカゲが蛮ちゃんはお気に入りで、こいつが水槽のガラスをのぼろうと短い手足を回転させるように振り回す様は、踊っているようでたいへん滑稽だ。しかもコレが1cm足りとも上には行っておらず、あまつさえ自重でずり落ちてきたりする。もしお近くのペット・ショップで見かけたら御覧になるといい。世界各国どこの国でもアガマは踊っている。しかし夫妻はいなかった。ホントにおいてけぼりにしやがった。しょうがないのでおだぎみをとふたりで20分ばかりの道のりを歩く。

 帰りつけばラーメン夫妻はすでに夕食の準備を進めている。タイ料理といえば定番のトムヤムクン、そしてゲインキョアンという、、所謂グリーンカレーが今日のメニュー。籔さん、蛮ちゃんともにいそがしくたちはたらき、おだぎみをも下ごしらえなどを手伝う。
ケーキに花束、籔さんの本場仕込みのタイカレー&トムヤムクンで紀子さんの誕生日を祝う。“一本木家顔”のふたり。

俺はただぼぉけぇーっとアンジーをかまっていた。アンジーもそろそろこのしつこくかまってくるわからない言葉を喋るニンゲンが、自分にかまうのをやめる気がないとわかってきたらしく、プルプル震えながらもおとなしく撫でまわされている。
 紀子さんが戻る。スコットは今日も遅い。移民関係の役所に勤めてるそうだが、なんだかここンとこ忙しい時期なんだそうだ。夕食とケーキ、ビールで酔っぱらって寝る。

[Pert 5]